ウエブ架線

織田レモソが書いたweb小説おきばです

サクラフェイカー / 14

この物語はフィクションです。

 

14:てっぺんの魔法

 

 観覧車スターライトホイールは相変わらず30分の待ち時間だった。もうそろそろ少なくなってくるんじゃないかなと思っていると、並んでいる途中で表示が消えた。後ろを見ると従業員が並ぼうとしている人たちに手のひらを見せている。受付が終了したのだ。俺と彼女の後ろには、8組のカップルが並んでいた。

 観覧車に乗るのなんて久しぶりだなと俺は見上げながら思った。彼女と乗れるのはすごく嬉しかった。いよいよ搭乗する時、目の前で大きなゴンドラがじりじりと動いているのを見て、ああ確かこんな感じだったなという思いが蘇って懐かしかった。入る前にポケットティッシュをもらって、俺と彼女は乗り込んだ。

「危ないところでしたね」

 扉が閉まって密室になった。彼女はふわりと座りながら言った。

「順番ですか?」
「そうです」
「確かに。俺らの後ろ、あとちょっとしかいませんでしたから」

 ゴンドラは徐々に高度をあげて行き、街の光が小さくなってゆく。イルミネーションは毛細血管のように街中を貼り巡り、ライトアートを見ているかのようだった。彼女は微笑みながら景色を見ていた。

「朝倉さんと乗れてよかったです。実は一回も乗ったことなかったんで、観覧車」
「え? 本当ですか?」

 俺は素直に驚いてしまった。

「はい」
「ふーん」
「朝倉さんはもうベテラン勢?」

 観覧車のベテラン勢とはどんなものなんだろうと思いながら俺は笑って否定した。

「いや、俺はその、家族とか友達とか、そういう人としか乗ったことないです」
「あ、じゃあもしかして女の子と乗るのは初めてってことですか」
「……お恥ずかしながら」
「お互い初めて、ってことですね」
「はい」
「なんか嬉しいです、そういうの」
「そうですね」

 写真撮っておこう、と彼女はふところからスマートフォンを取り出した。画面を操作してカメラアプリを起動したあと、効果音と共に夜の景色を切り取った。ここにデジタル一眼レフがあるのを忘れていることを教えてあげようと思ったが、メールの添付などを考えるとスマートフォンのカメラで好都合であると判断し、言うのをやめた。

「ありがとうございました。また私のわがままに付き合ってもらっちゃって」

 一通り取り終わると、彼女は向き直った。

「お安い御用です。というか、途中から割と楽しめました」
「そうですよね。なんかいろいろ回れましたし遊べましたし」
「デートコースっぽいデートコースができたような気がします。魔性の女のおかげで」
「そうですね。本当にいろんな意味で魔性だったのかもしれませんね」

 話題は魔性の女へと移り、しばし魔性の女のことについて話し合った。なぜあんな行動経路だったのか。そもそも今日は何をしていたのか。住所が空き地なのはなぜか。あの男は一体何者なのか。いつしか全く知らなかった俺でさえも、気がつけば魔性の女の話で盛り上がるようになっていた。あながち、魔性の女というのはありえるのかもなと思った。

 ゴンドラはいつしかかなりの高さまで来ていた。俺は他のゴンドラを見渡してみた。どうやら俺と彼女がいるゴンドラが一番高いところにあるらしい。俺は彼女にそれを伝えようとした。口を開いたその時。ゴンドラの速度がすっと消え失せた。

「ん?」

 彼女は俺を見ていた。俺も彼女を見た。一体何が起こったのだろう。

「えっと……これ、あれ? 動いてません、よね?」

 彼女はキョロキョロしながら俺に言ってきた。

「動いてない、ですね」
「故障したんでしょうか」

 彼女の声色に色味がなくなってきた、と思いきや。彼女はどこかうきうきしているように見えた。目が輝いている。座席に中腰になり、外の景色を、周りの様子を、今の状況を楽しんでいた。俺は少し複雑な思いを抱いた。なぜ嬉しがる? こんな高さで故障なんて、冷静に考えれば怖くないか。

「朝倉さん、これどういうことでしょうね」
「わからないです。ていうか、なんか嬉しそうですね」
「はい」
「理由を聞いてもいいですか?」
「だって、このまま止まってれば、私、朝倉さんといれる時間が増えるじゃないですか」
「でも、その、怖くないんですか?」
「残念ながら、朝倉さんがそばにいてくれてるので、無問題です」
「それは……残念でもなんでもないです」

 こんな状況でもそういう風に思ってくれるのか。俺は心の中で舌を巻いた。彼女は心の底から楽しんでいるように見えた。

 実際彼女の行動は正解だった。楽しむ方が正しかったようだ。

 一分も経たないうちにゴンドラはまた動き出した。思い出したかのように運転を再開したゴンドラは、今度は止まることなく順調に下降し、みるみるうちにテーマパークのスケールが大きくなっていった。彼女とあれはなんだったのだろうと議論しているうちに、いつの間にかゴンドラは元に位置に戻っていた。

「てっぺん、おめでとうございます」

 出るやいなや従業員が二人に祝福された。俺と彼女は目を合わせた。てっぺんって何なんですか。

「スターライトホイール名物、てっぺんの魔法。時刻が0分丁度になると、一旦停止して最も高いところにいる乗客の方に地上のライトアップを楽しんでいただこうという粋なはからいです」

 自分で言うんだな。

「てっぺんの魔法にかかったお二人には、素敵な粗品を差し上げます。どうか良い夜を」

 そういってリボン尽きの舗装された長細い品を俺は受け取った。あとで破いて見てみると、中には恋人ストローとドリンク無料券が封入されていた。

「ちなみに、魔法がかかったカップルは永遠に結ばれるという噂もありますよ」
従業員はそう耳打ちして去っていった。

 恋人ストローとは吸い口が一つから二つに別れたストローのことで、一本のストローで二人が同時に飲み物を楽しめるというものである。俺はこれを使うのはかなり恥ずかしかった。せめて人のいないところで使いたかった。しかし(当然)彼女は引き下がるはずもなく。

「これをせずしてスターライトホイールを楽しんだとは言えませんよ。ささっ、飲みましょう飲みましょう」

 かくして俺と彼女は公開処刑もとい仲睦まじく一緒にメロンソーダを飲んだ。人工的なメロンの味に炭酸が混じって、顔から火が出るほど美味かった。

 

つづく