ウエブ架線

織田レモソが書いたweb小説おきばです

サクラフェイカー / 13

つま先立てて海へ、モンローウォークしていく感じですね。

 

13:魔性の女

 

 魔性の女はその後、実にいろんなところを回ってみせた。甘い匂いのする路地裏で猫と戯れたと思いきや、家電量販店で炊飯器を物色し、かと思えば公園のベンチでソフトクリームを舐めていて、充実した暇を持て余していた。魔性の女を追跡していた俺と彼女は、今までにないくらいベタなデートコースをたどることになり、結果楽しめた。もはや尾行が二の次になるところだった。

 そして最終的に、魔性の女はバスに乗り込んだ。俺と彼女も便乗し、つり革を握る彼女の降りるタイミングを伺った。今度はどこに向かうのだろう。女が降りますボタンを押した時、俺は鼻で笑った。向かう先はATCだった。

 ATCには海を望む大きな観覧車がある。光で彩られた大きな一輪は、毎年多くの男女を星空へと誘うそうだ。今日も今日とて、休日に愛を確かめる恋人たちが、こぞって観覧車の個室目当てに列を作っていた。

 出店コーナーのベンチでさも恋人のように座った俺と彼女は、魔性の女の動きを追っていた。女は誰かを待っているらしい。その場から離れずに、ケータイを見たり出店を見たり周りの雰囲気を味わったりしていた。

「夜でも結構賑わってますね」

 彼女は視線を女から離さずに言った。

「そうですね。休日ですし」

 すぐそこの特設ステージで何かイベントも行われているようで、取り巻く観客やマイクを持つ司会者らが賑やかだった。

「朝倉さん、この調査が終わったら観覧車に乗りたいです」
「いつまで続けるんですか?」
「そうですねえ……。追えなくなるまで、ですかね」

 曖昧な答えに苦笑しながら俺は言った。

「早く切り上げないと、最終に間に合いませんよ。観覧車」

 観覧車は22時を過ぎると受付をやめる。乗っている人がすべて降りたら今日の営業は終了になる。今は21時。表示されている待ち時間が30分。ということは、21時30分までに並んでおかないと間に合わなくなる。

「すみません」

 彼女は言った。

「はい?」
「ちょっとトイレに行きたいんで、見張っててもらえますか?」
「あ、わかりました」

 彼女は「荷物、よろしくです」と言って、人ごみの中へと消えた。俺は荷物を自分の方に引き寄せながら引き続き女の方を見ていた。貸したデジ一が落ちそうになったのでキャッチした。背もたれに寄りかかると腰に違和感を感じ、そういえばと紙袋の存在に気づいて、おもむろに取り出した。彼女に渡そうと思った漫画だった。

 はてさてどうやって渡そう。もう普通に渡してしまおうか。いや、それならさっき買ったと言えば良かった話……。

 そう思ったその時、ステージの方で祝砲がなった。観客から拍手がわき、道ゆく人らがそちらの方向を見る。海に面した特設ステージ上で、司会者が拍手をしながら壇上に上がる一人の男を迎えた。何か景品でもあたったのだろうか。

 と、ふいに女の存在を忘れていたことに気づいた。魔性の女はどこだ。俺は辺りを見渡した。さっきまであそこの街灯の下にいたのにいない。拡大された司会者の声がもやもやと聞こえる。魔性の女はどこだ。俺はステージの方に目をやった。

 すると見つけた。ステージの一番上、立ち見席というよりステージに面した通路に彼女はいた。策を軽く持って見つめる先は、ステージだった。

 魔性の女はどこか悲しそうに見えた。遠くてよく見えないが、そんな雰囲気を俺は感じ取った。

「今日は自分の気持ちを伝えようと思って、ここにきました」

 ステージに上がった男は、どうやら一大決心し、ここで告白するらしい。司会者のテンションは上がり、観客は励ますかのように歓声を送った。会場は一気に高まり、カウントダウンするような拍手が沸き起こった。

 俺は女を見続けた。女はただひたすら、ステージの男を見つめていた。

 と、女ははっとして振り向いた。人ごみの中から一人の男が現れた。魔性の女に近づくと、何やら話はじめた。女はそれに相槌を打っていた。俺は荷物を持って立ち上がり、女の方へと寄っていった。

「伊藤早苗さん! 好きです! 結婚してください! もしこれを聞いていたら、スターライトホイールに来てください!」

 男が告白し、会場は大きく盛り上がった。ちらはら歩きながら拍手を贈る人達もいた。俺は魔性の女に近づいていった。今の言葉は、あなたに向けられていたのではないのかと、俺は思った。

 だがそれは俺の思い過ごしのようだった。女は現れた男と並んで、笑顔で歩き始めた。俺はその後を追った。人の波をかき分け、尾行がばれてもいいような距離まで闊歩し、もはや追いついてしまおうかとも思った。しかし、俺の足はやがて速度をなくし、最終的には止まってしまった。女と男が車に乗り込んだのだ。男の車だろう。見栄の塊のような白いロードスターに魔性の女を乗せ、ヘッドライトをつけ、エンジンをかけると駐車場からゆっくり出ていってしまった。俺はしばらく立ち尽くした。少し息が荒くなっていた俺の、完全にターゲットを失った瞬間だった。

 夢から覚めたような足取りで元の場所へと戻ると、彼女が待っていた。ベンチに座ってスマートフォンをいじっていた。

「すみません、魔性の女を追ってたんです」
「移動したんですか?」
「はい。途中で現れた男に連れられて、車に乗ってどこかに行ってしまいました」
「そうですか」

 彼女の中で踏ん切りがついたのか、割り切ったようにすたっと立ち上がると荷物を受け取った。

「今日はこれで調査を終わります。付き合ってくれて、ありがとうございました」
「いえいえ別に」
「今から行く観覧車の料金は、謹んで私が支払います」
「いいですよ、俺が払います」
「遠慮しないでください」

 そう言うと彼女は颯爽と歩き始めた。

「いざ、スターライトホイールへ!」

 

 

つづく