ウエブ架線

織田レモソが書いたweb小説おきばです

サクラフェイカー / 11

僕はGEOよりもTSUTAYA派です。

 

 

11:レンタル

 

 それでも時は無情に過ぎて、見れば19時を回っていた。もうそろそろ家に帰らなければいけない。いや、家に帰さなければならない。俺は彼女に帰ろうと言おうとしたが、先手を打たれた。

「まさか帰ろうなんて言いませんよね」
「そのまさかです。帰りましょう」
「例え世界が滅びようとも家には帰りたくありません」
「もう」
「朝倉さんは私ともっと居たくないんですか? 私への愛は冷めたんですか?」
「それは違いますけど」
「帰るなら朝倉さんの家がいいです。そうしたら帰ります。もしくは、朝倉さんがウチに泊まりに来てくれるなら」
「そうしたら帰ってくれるんですか?」
「はい」
「…………」

 彼女の家に行くことにした。

 今日こそ親御さんに会うかもしれない。まあいい。親御さんがいてくれた方が、俺も帰りやすい。なんとか駄々をこねる彼女を引き止めてもらって、俺は帰ろう。たこ焼きにの入ったプラスチックを捨て、彼女の家に向かった。

 

 

「どうぞ」
「……お邪魔します」

 今日も彼女一人だそうだ。おかげでお邪魔する以外選択肢がなかった。振り切って帰れば良かったのだろうが、どうせ手を出す気はないので、親御さんには勘弁してもらいたい。玄関においてあるツボを見て、俺は決して娘さんを汚すことはしませんと、心に誓った。

 彼女の部屋に通された。これで二回目。彼女の部屋は彼女の匂いでいっぱいだった。
木製の扉を開けると、もふもふした白い丸い絨毯の上に淡いピンクのビーンズ型テーブルが置いてある。上には手鏡とティッシュが置いてあり、黄緑色の座布団がそばにあった。ベッドの布団は彼女が抜け出したままの状態を保っていた。ページカールした状態のベッドには、カピバラをデフォルメした人形が乗っかっていた。

 彼女はカバンを適当なところに放ると、扉の鍵をかちゃっと閉めた。前も鍵を閉められ、俺は一抹の不安を覚えた。

「やっぱ家が一番いいですね!」
「さっき世界が滅んでも家には帰りたくないとかなんとか言ってましたよね」

 俺はベッドに背もたれながら絨毯の上に腰を落とした。

「朝倉さんとなら、どこにいてもいいんです。そこじゃなくてこっちに座ってください」

 彼女は髪の毛をふわっとさせてベッドに座り、その横をぽんぽんと手で叩いた。なんだか試されている気がした。俺は一呼吸おいて彼女の隣に腰掛けた。途端に彼女はすり寄ってきた。

「出会って、一週間くらいですかね」
「そ、そうでしたっけ。そんな感じですかね」
「もうそろそろ、いいんじゃないでしょうか」
「何がですか?」

 彼女は俺の首筋の匂いを嗅ぎはじめた。シャンプーの匂いと香水の匂いで嗅覚が鋭敏になり、触覚が脊髄反射で快感を体を走らせた。俺はあわてて心の中に玄関のツボを思い浮かべた。鈍い光を放つ土気色のツボには、彼女の両親がまるで俺を監視するかのような威厳をまとっていた。これで正気は保てる、はず。俺はツボをひたすら念じた。

「朝倉さん」
「何ですか?」
「こういうことするのが好きな女の子って、どう思いますか?」
「ちょっと刺激が強すぎるというかなんというか」
「別に策略とか計算とか、そんなんじゃないんですよ。私はとても卑しい人間なんです。だから好きなものは全部手に入れたいんです。自分の手の内にしたいんです。私のものにしたいんです」
「俺はものなんですか?」
「言葉の綾ですよ」

 彼女は俺の首に巻きつくとそのまま全体中を預けて、俺を横たわらせた。彼女との接触面が多くなり、俺はさらにツボを念じた。ツボを念力で動かすくらい強く念じた。

「朝倉さんとこうやってると、なんだか無敵になった気がするんですよね。今ならクッパだって小指で倒せそうですもん。頭撫でてください」
「…………」

 ツボのツボによるツボのための政治について俺はツボとは何なのかという哲学的な観点から考えつつ、彼女の言われるがままに頭を撫でた。息が漏れ、首筋に空気が触れて、俺は明らかな興奮を覚えた。俺はツボを必死に念じていたが、徐々に振動し始めていた。このままでは粉砕してしまう。

「朝倉さん、男の子ですよね」
「はい、正真正銘の」
「だったら、こうやって甘えてくる女の子をちゃんと扱うのも心得てください」
「すみません。今までそういうこと経験したことないもんで」
「大丈夫です。私も実はこんなことするの初めてですから」
「お互い様ですね」
「ふふっ」

 彼女は柔らかく強く抱きしめてきた。と思うと今度は背中をすうっと指で下へとなぞり、空いている俺の手に絡ませた。雲を掴むように握ってきたので、俺もそっと握り返した。彼女は頭を動かした。繋いだのを確認したかったのか、手を曲げて顔の元に持ってきて、それから彼女はささやくように言った。

「爪、伸びてますね」
「そう……ですね」
「…………」

 彼女は十秒間何も言わずに固まると、俺から離れて爪切りを持ってきた。俺は上半身だけ起き上がると、彼女は爪切りを差し出した。

「爪を切っておきましょう。危ないですから」
「わ、わかりました」

 近くにあったゴミ箱を足元に持ってきてくれたので、俺はそこで爪を切っていった。彼女は後ろに回り込んでまた絡みついてきた。爪を切らせたいのか切らせたくないのかわからなかった。

 親指から人差し指、中指と切っていく。薬指を切ったところで、彼女の手が突如うねうねと俺の腹をさすりだした。何するんですか、やめてくださいと振り払った。彼女が笑っているのを背中越しに感じた。爪を切っている最中なので、危ないですからと注意しても、彼女はいたずらをやめなかった。

 すべての爪を切り終えると、俺はゴミ箱を傍に追いやって爪切りをテーブルの上に置いた。

「すっきりしましたね」

 背中から彼女の手が伸びてきて、俺の指の上に重ねた。

「爪切り、ありがとうございます」
「いえいえ」

 そう言うと、彼女は俺の腹を足でがっちりと固定してそのまま横倒れた。俺も同じように横倒れる。彼女は何が楽しいのか笑っていた。俺はまたツボを念じることにした。
と。

「あ」
「?」
「朝倉さん、明日暇ですか」
「特に予定はないです」
「良かったです」

 彼女は取材を抱えているそうだ。今度の取材で今月号の新聞は完成できるらしい。手伝ってほしいというので俺は承諾した。

「朝倉さんがチューなんかしてくるから、すっかり忘れてましたよ」
「ん? ああ、すみません」

 いつそんなことしたと思ってしまったが、昼間のことか。

「この責任は大きいですからね。覚悟しておいてください」
「わかりました」
「で、今回は写真を撮りたいと思うんですけど、カメラかなにかありませんか?」

 俺は頷いた。

「デジ一とコンデジ両方ありますよ」
「デジ一貸してくれます?」
「いいですよ」
「ありがとうございます」

 彼女はお礼をするように、顔を背中にこすりつけ抱きしめる力を強くした。長い夜になりそうだなと、俺は目をつむった。

 

つづく