ウエブ架線

織田レモソが書いたweb小説おきばです

サクラフェイカー / 10

僕は今、リアルエロゲシチュエーションというエロゲをオートプレイしながら投稿記事を書いています。

 

10:おまじない

 

 俺と彼女は外に出た。橙色に染まった星空に、夜の帳が降りかけていた。

「朝倉さん、これから学校に行きませんか?」
「桜庭さんの?」

 彼女は頷いた。

「取りに行きたいんです、忘れ物があるんで」
「行きましょう」

 ここから歩いて十五分。向井新町の駅から二駅目で地下鉄に乗り換え、四番目の桜坂二丁目の駅で降りる。シャッター街と化した裏通りを抜け車の行き交う大きな通りに出ると、目の前にのっぺりとした明るいブラウンの真新しい校舎が現れた。彼女の通う女子校だった。

「朝倉さん、女子校って初めてですよね」
「はい、そうです」
「じゃあ入ってみましょうか?」
「それは……大丈夫なんですか?」
「バレなきゃ問題ないです」
「いや問題でしょう」
「もう遅いです」

 彼女はいたずらっぽく笑ってみせると、俺の手を引いて校舎の裏手に回り込んだ。案の定警備員がいたが、驚くことに居眠りをしていた。茶褐色の帽子を目深にかぶり、のんべんだらりと船をこいでいた。

「ここの警備は甘いんです」
「割と問題ですよこれ」
「いいじゃないですか」

 こそこそコソ泥のごとく会話をしながら、俺と彼女は夕暮れの校舎に忍び込んだ。
第一講義室が左手に見える。その横に女子トイレがあり、そして当然のように男子トイレはなく、そんなことで初めて女子高に入ったのだなと実感した。男性教員はどこで用をたすのだろうと一瞬思った。

 彼女は迷うことなく階段を登った。共学高校と変わらない校内。壁に文芸部員募集と去年の保健だよりが貼ってある。しばらくして2-Aの教室に足を踏み入れた。自分が高校時代に使っていた机と椅子がそこにあった。両横にフックがあり、各々が各々の私物をぶらさげていた。黒板に落書きが残されていた。方程式の解と、先生の似顔絵が描かれていた。

「あったあった」

 彼女は中央の後ろから三番目の机に走り寄り、ガサゴソと目的の物を探し始めた。ペンケースに似たプラスチックのケースからUSBメモリを取り出すと、彼女は胸ポケットにそれをしまった。

「任務完了です」

 彼女は大袈裟に胸を張り、敬礼の真似をした。

「ご苦労様です」

 俺は労いの言葉を贈った。

「朝倉さん、懐かしいでしょう」
「ええ。確かに」

 彼女は引き出しに手を突っ込んで、数学2Bの教科書を取り出した。

「どこの教科書使ってました?」
「そんなの忘れちゃいましたよ」
「つれないですね」

 口を尖らせて彼女は教科書をしまうと、ゆらりと教壇に立って黒板に落書きを始めた。

「朝倉さん、何か描きましょうよ」
「遠慮しときます」
「じゃあリクエストしてください」
「ドラえもん」
「おっけー」

 うふふふ、僕ドラえもんです。と似てもいない声真似をして彼女は黒板にデカデカとドラえもんを描き出した。日はすでに傾き薄暗く少し描きづらそうだったが、数分もたたないうちにネコ型ロボットが表れた。にっこりと笑って、ホンヤクコンニャクと吹き出しがつけられていた。

「さて、帰りますか」

 彼女は手についたチョークをはたいて教壇を降りた。机の上のポーチを取って、俺と彼女は教室を出た。廊下には殺風景な蛍光灯が灯っていた。

 学校を出ると、辺りはもう完全に夜になっていて、空気も街もバス停も、何もかもがひんやりとしていた。うすらぼんやりとした公衆電話を通り過ぎ、俺と彼女は信号が青に変わるのを待った。

「私、実はちょっとしたおまじない、使うことが出来るんですよ」
「へえ」

 俺は興味ないような返答をした。彼女は頃合いを見計らって、歩行者信号を指差した。すると信号が青に変わり、カッコウが流れ始めた。

「どうですか?」

 横断歩道を渡りながら、彼女は得意げな顔をして俺の顔を覗き込んできた。俺はとりあえず褒めた。彼女は笑顔だった。夜の街のイルミネーションに匹敵するくらい、きらびやかな可愛い笑顔だった。

 行き先を決めかねてバスにゆられていると、街の中心地が終点で、俺と彼女は再び摩天楼に降り立ち、通りを歩き始めた。

 駅前の高層ビルをこうして彼女と二人、歩くのはいったい何回目だろうか。三回目くらいか。見慣れた景色でも、彼女とならいつでも美しく錯覚できた。築年数のたったメガネのビルも、有名百貨店の細長い建物も、蠢く人の波も、眩しいくらいに輝くショーウィンドーも、全て俺には幸せそうに見えた。世の中は光で満ちているのだなとも思えた。

 彼女がたこ焼き食べたいと言ったので、屋台でたこ焼きを買って、手近にあった公園のベンチで食べることにした。市役所前のイベント広場には、ライトを浴びた噴水がちろちろと湧き出ていた。

「美味しいですね」
「ですね」

 俺は熱々のたこ焼きを冷ましながら、口の中で遊ばせていた。頃合いになって噛んで飲み込んで、たれの余韻を味わった。彼女は口元を隠し、熱さに耐えながら咀嚼していた。

「私、実は屋台のたこ焼き食べたことないんですよ」

 爪楊枝を次のたこ焼きに刺して、彼女は言った。

「そうなんですか。どうです? 屋台のたこ焼きは」
「いい仕事してます。皮がカリカリだったら、尚良しでしたね」
「カリカリ派ですか」
「カリカリ派です。朝倉さんは違うんですか」
「俺は味が好きなんで、そこらへん特にこだわりはないです」
「なるほどなるほど」

 彼女は満足げな表情で次のたこ焼きを口に運んだ。はふっと彼女が息をはいた時、おまじないで時が止まってくれたらいいのにと俺は思った。

 

つづく