ウエブ架線

織田レモソが書いたweb小説おきばです

サクラフェイカー / 06

3つ続いてたら、もう一回断りを入れなければならなかったですね。

 

6:ワールド

 

 週末、俺は彼女に呼び出された。電車と地下鉄と徒歩を駆使して、向かった先は彼女の通う女子高だった。のっぺりとした明るいブラウンの真新しい校舎は今も増築している途中らしく、これ以上一体なにができるのだろうと思った。彼女は校門前にいた。ゆるめのトップスにゆるめのボトム、茶系のカゴバッグに厚底ヒール。今まで全く縁のなかったタイプの女子がそこにいた。

「待ちくたびれましたよ、朝倉さん」
「お待たせしちゃってすみません。どれくらい待ちました?」
「3時間くらいです」

 ぎくりとしてメールの文章を見た。12時に来てくださいと書いてある。今は11時40分。これは俺が責められるものなのであろうか。

「気にしなくていいんですよ。本当、こっちが勝手に待ってただけですから。それに迎えに来てもらう身でしたし」
「それでも、あの、すみませんでした」

 俺はぺこぺこと頭を下げた。

「いえいえ」

 彼女はほっこりと笑った。

「では行きましょうか」

 彼女は歩き始めた。あとを追う。

「どこに行くんですか?」
「ATCです。デートをしましょう」
「はい」
「そして、ついでに取材もしたいと思います」
「取材?」
「はい。私、新聞部なんです」
「へえ、そうなんですか。ちょっと意外です」
「よく言われます」

 ATCは市街地の中心部にある。赤と黄色の積み木みたいな建物で、屹立する商業ビルの中でも代表格と言えるところだった。地元のトレンドはだいたいここから発信される。テレビ局もよくここを訪れている。

 本日二度目の地下鉄に揺られ、大勢の人の波にのり、目的地へと向かう。ぼんやりとした地下街に降り立ち、連絡路を通って地上へ。行き交う人の活気を縫って、入口で出会い系サイトのティッシュをもらって自動ドアをくぐった。

「デートって何をしたらいいかわかんないって言いましたよね」
「はい」
「私、あれからいろいろ考えてみたんです。考えて考えて、すっごく考えて。で、結局わからなかったんです」

 全身全霊でズッコケようと思った。人目があったのでやめておいた。

「とりあえず一緒に行動すればいいんじゃないかなって」
「ああ、なるほど。いいと思います」
「だから、朝倉さん。今度からはなるべく一緒に行動すればしていきましょうね。ご飯も移動も授業も睡眠も。できれば、ずっと」

 なんだろう。一気に間合いを詰められた気がした。

「そうですね。なるべくそうしていきましょう」

 少しだけ言葉に無理矢理さが滲み出てしまったが、彼女は特に気づいていないようだった。

 休日ということもあり店内は盛況。貧乏そうな家族連れ、ウブくさいカップル。地味な女子、騒ぐギャル。のし歩くヤンキー、インテリっぽい青年。決まってるスーツの男、田舎のおっさん。ヒョウ柄のおばさん、ヒョウ面のおばあさん。いろんな人があくせく蠢いている。彼女とはぐれないように、その背中を追った。エスカレーターに乗ると、彼女は横向きになって俺に話しかけてきた。

「取材って一人だと心細いんですよね」
「新聞部には他に部員、いないんですか」
「いますけど、積極的に動く人は少ないんです」

 彼女は歩いて3Fに足を踏み入れた。俺は最後までエスカレーターのプレートに乗ってから踏み入れた。

 女性もののファッションフロア。小さい店舗スペースに、似たような若い女の子がひしめき合っている。彼女は服など見向きもせず、まっすぐとある店へと向かった。全体が黒とピンクの、やけにきらびやかな店内。見にきている女の子もまた、黒くてピンクのアイテムを持っていて、ギラギラと光っていた。俺は思わず顔をしかめそうになった。

 彼女はこんなところの服を買うのかと疑問に思ったのもつかの間、店員に話しかけ、店長を呼び出していた。聞くと、その店長をまず取材するらしい。

「何を取材するんですか?」
「店長です」
「あ、いや、どんなことを取材するんですか?」

 彼女は多少周りの目を気にしてから僕にだけ聞こえるように近づいた。

「ここの店長、宇宙人の彼氏を待っているらしいんです」

 どうやら、彼女はとんでもない電波を受信しているようだった。俺はただただ頷いて納得する(ふりをする)ことしか出来なかった。彼女はやってきた焦げ茶色の店長を念入りに取材し始めた。メモ帳を開いてペンを走らせた。気さくに話しかけ、店長との会話に花を添えていた。俺はなんとも言えない気持ちにになってしまったので、うっかり店内の洋服を物色してしまった。おかげで、スカート丈の短い女子高生3人に怪訝な顔をされた。

 彼女の取材はコスモなものだけではなかった。

「次は何を取材するんですか?」

 俺はまともな取材を期待しつつエスカレーターに乗った。

「次は、恋のキューピッドを名乗る方に、そのお仕事の内容を取材します」

 俺はなるべく笑顔になるよう顔の筋肉を駆使して納得した。面白いんだか頭おかしいんだか。

「さっきの取材は上手くいったんですか?」
「はい。満足のいくネタがとれました」
「それは良かった」

 エスカレーターを降りて5F。ここはメンズコーナーのようだった。パステルカラー系は影を潜め、モダンでシックな暗色系が多くを占める。自分とはベクトルの違うイケイケな男が多くて、また顔をしかめそうになった。ここに恋のキューピッドを名乗るやつがいるのか。想像すると蹴り倒したくなった。

 しかし想像とは裏腹だった。彼女が取材しはじめたのは、スーツを着てしっかりと社会人をしている男だった。言動に余裕があり、仕事のできるかっこいい男だった。思わず話を聞いてしまっていた。

「この話は公に発表しても問題ないですか?」

 彼女は言った。

「構いません。どうせ誰も信じないでしょうからね。そこの彼氏のように」

 爽やかな笑みをこちらに向けられた。疑っている方が恥ずかしくなってしまった。

「す、すいません」

 俺は謝った。

「ああいやいや、別に責めているわけじゃない。まっとうな人はこういう反応をするって言いたかったのさ」
「恋のキューピッドとは、世間的に言われるように、縁結びをメインにお仕事なさってるんですか?」
「うん、それが主だね。営業だよ。いろんな人間の恋路を、建設したり開通させたり、封鎖したり取り壊したりするのが仕事だ」
「こういう仕事をなさっている人は多いんですか?」
「僕が働いているところでは、だいたい3000人くらい働いているかな。あ、会社全部含めてね」
「会社があるんですか?」
「僕はしがないサラリーマンだよ」
「お給料もでる?」
「そりゃあもちろん。仕事内容がアレなだけで、他は普通の会社と変わらないよ」
「なるほど」

 彼女はメモを必死にとっていた。俺は思わず質問した。

「その……仕事の発注とか、利益はどこからでるんです?」
「天上界からだよ。いわゆる天国ってところ」
ばんなそかな。
「そんなところからお金が……」
彼女も驚きながらメモをとっていた。
「神様とか天使とか仏様とか、いろいろやること多くて大変らしいよ。だから僕らみたいな人間がいるわけだね」
「というか、しっかりお金がでるんですね」
「人間相手だしね」
「でも、神様ってじゃあどこでお金を……」
「そりゃあ様ざまだろうね。教会から受け取ったり、悪い人からちょいちょい二枚、三枚ばれないように盗んだり、どこかに落ちているお金拾ったり」

 それで3000人の給料をまかなえるのか、と俺は感心した。というか、最後二つは窃盗とネコババじゃないか。そんなことしていいのか。

「だって神様がお金もうけしちゃダメでしょう」
いや、そりゃそうだけど。
「硬いこと気にしちゃいけない。悪人には悪意を持って悪事で接しないとね。目には目を、歯には歯を、さ」

 なんだか納得してしまった。

 取材はこのあとも続いた。幼女の占星術師に、虹色の肩甲骨を持つ少年、時間移動できる犬に、電気を喰らうおばさん。おおよそ常人とは思えない人たちは(獣も)、常人のように生きて暮らしているようだった。あたかもそれが普通と言わんばかりのその態度から、自分の存在の方が普通じゃないような気がしてならなかった。もしかして普通だと思い込んでいるのは自分だけなのか。彼女の方が普通なのか。変な電波を受信しているのは自分なのか。たかだかATCに来て、自分の存在理由を考えることになろうとは思ってもみなかった。

 そしてふと彼女の言葉を思いだした。

「でも安心してください。私は本質的なサクラフェイカーじゃありません。私は本当に、出会いを求めてあのメールを送ったのですから」

 彼女との取材でわかった。彼女は間違いなく、本質的なサクラフェイカーである。本当の出会いなど求めていない、はるか彼方の女の子なのだ。

 

つづく