ウエブ架線

織田レモソが書いたweb小説おきばです

サクラフェイカー / 02

実はこれ、6年前に書いた小説です。

 

2:定理破壊

 

 一年浪人して第一志望の大学を見事にすべった俺は仕方なく第二志望の大学に入学し、波風立たない穏やかな日々を過ごしていた。

 実家を離れ、大学の近くのアパートを借り、新生活をスタートさせた春。不合格のショックも一ヶ月足らずで雲散霧消し、夏に帰省した時には友達やサークルの話を土産話にできるほど、大学をエンジョイしていた。秋はサークル活動に勤しみ、その集大成を文化祭で披露した。冬は友人たちと鍋を取り囲み、団欒の中で新年を迎えた。

 そして現在。大学一年生末期、じきに二年生。長い長い春休みのさなかのこと。俺はカレンダーを見つめながら一年を振り返るとともに、ある大きな問題点に気がついていた。それは、恋人の問題である。

 「大学生になったら恋人ができる」という世間一般的に暗黙の常識と化しているこの理不尽な定理。俺はもうありとあらゆる面で、しっかりと大学生をやっているのにもかかわらず、この定理に逸脱している。ためしに電子辞書で定理を検索してみた。

 

「公理に基づき、論証によって証明された命題。また特に、重要なもののみを定理ということがある(大辞林)」

 

 うむ、特に何も言うことはなかった。とりあえず定理ではないようだ。言い方を間違えた。

 しかしこの「大学生〜できる」というものは一般的には当たっているようで。

 例えば友人たちを見渡すと、なるほど確かに恋人がいた。ことあるごとに仲睦まじさを見せつけてくるし、重要なイベントはすべて彼ら彼女らのために割いていたし、公衆の前で手をつなぐし、隠れるように愛を確かめるし、こちらの気持ちを汲み取ることなく、ありがた迷惑な幸せを放出していた。けしからん。俺も仲間に混ぜてほしい。

 とはいえ、そう簡単に彼女ができるわけがなく。

 いろんな課外イベントに参加したわけでもない。週末に必ず街に繰り出したわけでもなかったし、バイトもしなかった。交通機関なども駆使して出会いの場を広げたり、友人の友人の友人にまで連絡先を聞いて、他の学部の研究室にも顔を出したりなどの精力的な行動もしていなかった。

 髪型に流行を取り入れ、服装にもある程度の金をかけ、自己啓発や心理学をはじめ、教養を深めるために図書館を活用したわけでもない。鏡の前で笑顔の練習をし、口臭、体臭、仕草、癖、爪の長さや毛の処理にもきちんと気を配ったわけでもない。まぁ無法地帯な状態にはしなかったが、自分磨きも足りていなかったのだろう。

 彼女が欲しいとは思う。しかし、あの女の子を自分の彼女にしたい、という気持ちは湧いてこなかった。最近、それがすべての原因ではないかと思うようになった。考えが甘いとも言える。

 俺はため息をついた。真っ黒い絶望の波が押し寄せてきた。俺はもしかすると、一生恋愛とは無縁な人生なのかもしれない。
「貴方の人生、まだまだ諦めてはいけません。私たちがお手伝いします。払いすぎかもと思った方は、今すぐお電話を」

 テレビのチャンネルを変えた。

「春といえば、恋! 恋といえば恋バナ! というわけで今回は今をときめく人気読者モデルのーー」

 リモコンをおき、テレビ横目に俺はパソコンの前に向かった。

「ん?」

 メールを確認していると、何通か知っているものの中に一つだけ見知らぬ宛名のメールがあった。

 「さくらば、さき」

 漢字は桜庭早樹と書いてある。俺は鼻でわらった。開くまでもない。どう見ても迷惑メールだった。ここは迷うことなく削除をクリックする。

「…………」

 だが俺はクリックする指を止めた。そして気がつくと俺は事を起こしていた。メールをクリックをして、中身を開き、内容を読んで、返信するという行動だった。

 写真付きのメール本文は、恋人のいない俺の心に、心地よい春風を巻き起こした。それは今まで体験しうることのなかった、リア充の空気そのもののような気がした。

 考えてみれば、なんて俺は惜しいことをしていたのだろう。出会いのきっかけは、何もしなくともあちらからやってくるではないか。

 迷惑メールはコンピューターで無差別に大量送信されているという。だがしかしもしかしたらこの世の何処かに、本当の出会いを求めてこの巨大なインターネットの海に、一つの便箋を詰めた小瓶を放している美少女がいるかもしれない。そう考えればほら、なんだかロマンチック。なるほど天文学的に低い確率の出会いかもしれない。だが、そもそも特定の男女が出会って結ばれる確率だって、似たようなものではないか。運命の出会いはどんな形であれ、偶然の産物なのだ。

 ともあれ。

 最近寂しくて身体から松尾芭蕉の匂いがします、とこれまた謎な内容に惹かれてしまったから仕方が無い。謎といえば、迷惑メールのくせに会員登録とか広告みたいなものが一切なかった。

「出会いは一通の間違いメールからだったんです」

 ふとテレビからそんな言葉を聞いて俺はもう一度メールの受信箱をクリックした。

 先ほどの「桜庭早樹」から返信がある。俺は中身を開いてみた。いくつかのやりとりの後、初顔合わせと初デートの日取りが決定した。

 

つづく