ウエブ架線

織田レモソが書いたweb小説おきばです

サクラフェイカー / 01

お蔵入りからの送り出しです。

 

1:意識の翼

 

 サクラの木を思い切り蹴りつけると、変な虫が落ちてきて焦った。

 三寸五寸の、手も足もない幼虫のような生き物に、俺はまさに手も足も出ない状態で、そして全力で逃げた。春の風景に囲まれた公園を、彼女との思い出を、ふりきるかのように俺はフルスピードで逃げた。

 何がしたかったのか疑問に思うかもしれない。

 俺は失恋の傷心を引きずりに引きずって丸々一年を過ごしていた。そして今日、やっと新しくいい感じの恋愛ができそうだったので、けじめをつけにきたのだ。

 過去の自分とサヨナラするために。

 彼女との思い出に。

 文字通り、蹴りをつけてきたのだ。

 もうこれで全身全霊で、あの娘に愛を伝えることができる。あの娘の処女を奪える。三丁目の交差点で俺は走りながら咆哮した。


 サクラの木には彼女との思い出が詰まっている。

 その彼女は、俺を捨てた。

 彼女は突如、姿を消した。

 いなくなってしまった。

 デジタル一眼レフを彼女に貸したままだった。返してもらっていない。つまり借りパクされた。ありていもなく言ってしまえば、女の子に騙されたのだ。騙された騙された。

 だがここで彼女のことを悪人のように責め立ててみろ。俺はもれなくそいつの右ほっぺたに、淹れたてのコーヒーをぶっかけてやる。

 だって彼女は可愛い人だったのだ。性格も悪くなかったのだ。彼女は何も悪くない。サクラの花びらほども悪くない。

 サクラの花びらを誤って口にいれてしまった。走っていた俺はむせてその場で咳をして、よろよろと脇道に反れて歩道から足を踏み外して電柱に額をぶつけた。俺は悶えた。通りすがった、がに股のおじさんに笑われた。悔しい思いをした。

「大丈夫?」

 見上げるとそこには麗しの彼女がいた。絶賛、片思い中の彼女がいた。

 彼女はとても美しい。漆黒に輝く髪が綺麗だ。

 しかしふと、前の彼女が重なった。

 彼女の顔、後ろにある春の太陽のぼんやりとしたところに、前の、あの屈託もなく笑う、あの借りパク女の面影を見た。

 途端に意識が翼を持った。それは華麗に飛び立って、あっという間に大気圏を超えた。

 何故、彼女は消えてしまったのだろう。

 何故、彼女は行ってしまったのだろう。

「というか、一体全体あの娘は何者だったんだ」

 

 つづく